月と六ペンス

投稿日: カテゴリー Books, Daily

数ヶ月前、はてなブックマークを漁ってたらこんな記事を見つけた。

要約すると、家にいるのに帰りたいと思うことがあるそうだ。
そしてそれは、ある小説に描かれていることと同じで、自分が本来生まれるべき場所を間違えてしまったのでは?という、いささか狂気じみた理屈を展開してる。

また、記事では、その小説の一文を引用している。

生まれる場所を間違えた人が世の中には一定数居る。彼らは見たこともない故郷を懐かしみ、自分のものではない人生を生きるという。

これは、あくまでも小説の話である。しかし、この狂気じみた理屈に私はいたく共感してしまった。

なぜ家にいるのに帰りたいと思うのだろうか。
一つは小説同様に、運命的な事象であって、どうしようもない感情が芽生えることがあげられる。
そしてもう一つ、現実逃避の感情で、今の悩みを抱える前の自分に戻りたいという心理的事象の可能性もありそうだ。

私はとても気になり、記事で引用されてた「月と六ペンス」を読むことにした。
もしかしたら、この感情に関わるなにかが分かるかもしれないという淡い期待を込めた。
読んでみて分かったのだけど、この本は決して心理学の本でも自己啓発の本でも無い。
古い小説で、画家のポールゴーギャンの半生をモデルに描いたものである。

ポール・ゴーギャンがモデルの、ストリックランドが、妻と子供と地位を全て捨てて証券会社から画家に転身し、様々な地を放浪しながら、最期はタヒチの山奥で病にかかって死を迎えるという話だ。
また、別の話もある。
地位と名誉が許された医師が、とある病院の正規スタッフに配属される前、ほんの少しの休暇を利用して旅行に出掛ける。
そして、旅行に出掛けた先で、病院の配属を断る手紙を送ってくる。その医師はその後、小さな町医者とも呼べるか分からない状態で、ほそぼそと暮らすこととなる。
しかし、彼はそれを後悔していないのだと言う。

いずれも、運命的事象により、突き動かされたという話である。
しかし、これはあくまで小説である。

ネットで調べてみると、他にも同様のことを思っている人が沢山いた。
そして、投稿サイトにこのような記事があった。

このベストアンサーに「ここではない場所に行きたい」という表現があって、なるほどと思ったが、なんか行きたい!という前向きな欲望なのとは違う気はした。

「大人になって全部自分で決めないと何一つ動かないことに疲れている」
これもなるほどと思った。
懐古主義ではないけど、昔こうだったなぁと思い出にふけるのは嫌いじゃない。

「今いる場所を離れて去る」
こんな考えもあるのかぁと感心してしまった。

後半の記事に共通するのは、家ではないどこか落ち着く所にいたいという気持ちなのかな?と思う。
たまには何も考えずに、ゆったりとした気持ちでいたい。そんな気持ちが「帰りたい」という気持ちを生むのかもしれない。

色々と面白い題材だったし、本自体も面白かった。

今日はGLAYの「ここではないどこかへ」でも聴きながら寝るとしよう。