バイト経験の思い出

仕事中、調べ物をしていたらこんな記事が見つかった。

「Forever21」が日本市場から撤退 10月末でECサイト・実店舗を閉店 ネットで別れを惜しむ声

Forever21が日本市場から撤退するらしい。
Forever21と言えば、ファストファッション、特に若い女性向けのアパレルブランドだと思うのだが、私は過去にここの倉庫でバイトをしたことがあったのを思い出し、懐かしく感じた。
そこで思い出せる範囲で、過去にやってきたバイト経験を思い出してみる。
※それなりに長いです。

ホームセンターの棚卸し(日雇い)

初めてのバイトは高校2年生の時。友人に誘われて学校近くのホームセンターの棚卸しのバイトをやった。
確か7〜8時間くらいで6000円弱くらいだったようなおぼろげな記憶。
初めてのアルバイトは拍子抜けに楽だったように思う。

とんかつ屋チェーンで皿洗い(3ヶ月)

大学生になって小遣い欲しさに自宅近くではじめた飲食店バイト。
飲食店の皿洗いバイトはめっちゃキツイ。
熱いし、疲れるし、つまらないし、めちゃブラック。
しんどくて3ヶ月くらいでやめた。
初給料はPS2に消えた。

引っ越し(日雇い)

いま無きグッド○ィルに登録して最初のバイト。
初めての引っ越しバイトはめちゃくちゃ辛かった。
引っ越し屋のおっちゃんにダンボールの持ち方も知らんのかって怒られた。(ダンボールは対角線の角を持つと一番安定する)
その時人が足りなくてグッド○ィルの社員の人と一緒に行って二人ともへとへとになったけど、最後にジュースをおごってもらってめっちゃ有り難かったのを覚えている。

ディーラーで洗車(日雇い)

日雇いでディーラー洗車が数回あるということで、埼玉から東京まで行った。
一緒に作業に入ったおっちゃんが40歳くらいで、会社クビになって失業保険をもらっているという話が18歳の私には衝撃的だった。
夏の暑い日に、ディーラーの店舗入口の木陰で、ひたすら客を待つ。
客が店舗に相談にきたら、サービスで洗車をするというバイトだった。
重要顧客の洗車は任せてもらえず、社員がやっていたし、そんなに真夏に客が来るわけもなく、暑さとの戦いだけだった。

なお、そこでは店舗受付の女の子もいて仲良くなったのだが、その後で帰りにその子から宗教勧誘にあい、東京怖いって思った。(もちろん丁重にお断りした)

ライブイベントスタッフ(3日間)

上記ディーラーのバイトで知り合いになった失業中のおっちゃんから、味の素スタジアムで行われる東京ジャズ・フェスティバルのイベントスタッフのバイトを紹介してもらった。
そのおっちゃんは子供料金で電車に乗ってキセルするようなク○みたいな人間だったが、親切ではあった。(その時初めてこんな大人にはなるまいと誓った)
猛暑でバイトも何人も倒れてしまうようではあったが、比較的時給が高く、しかもジャズが聴けたのでそれなりの体験だったと思う。
また、その時に知り合った別の大学のジャズ好きの子に、次の前座はこれから絶対くるグループだから絶対担当した方が良いと言われ、担当して目の前でライブを観られたのだが、それがまさに人気になる直前の女子十二楽坊だった。
前座30分で観客はまばらだったが、ライブは最高のパフォーマンスだったのを覚えている。
あと、最終日にみんなヘトヘトになっている中、最後の片付けをなんとかやっていたら、知り合った別のおっさんに「こんなのは適当にやってればいいんだよ」って言われてやっぱりこんな大人にはなるまいと改めて誓った。

厚焼き玉子作り(2週間)

家から割と近くのセブン系列のセンターで、厚焼き玉子を詰めるバイトをやった。
東南アジア系の正社員が作った厚焼き玉子をひたすらパックに詰めるというもの。
今でも忘れない、一番最初にやったのは大根おろしをひたすらセットするという作業だ。
一つにつき一秒もかからない作業が6時間くらい続く。
担当はいくつかあって、ベルトコンベアにプラスチックのパックを置く係、大根おろしをセットする係、バラン(草みたいな緑のやつ)をセットする係、厚焼き玉子をセットする係、最後に蓋を閉める係だ。
汎用的なシールを貼る部分だけが機械化されていた。
なんで機械じゃないんだろうと思うかもしれないが、自動化というのは機械を開発するのにコストもかかるし、厚焼き玉子をいつまでやるかも分からないから、バイトを使って人手でやったほうが結果的には安いらしい。
どの担当もとにかく何も考えられない作業で、まさかのシールを貼る機械が時たま止まるので一瞬だけ休憩になる。(確か終わり近くのときには機械が故障して、シール貼る担当してた気がする笑)

自動化はいいけど、中途半端にやってもコストがかかるだけなのは今も変わらないかもしれない笑

なお、その時に同じ班になったおじさんは40歳くらいで失業していて、世の中厳しいなと思ったし、一緒に入った女の子がパートのおばちゃんと喧嘩して次の日から来なくなったり、バイトリーダー(男)がしつこく私の家に泊めてくれっていってきたりした。
バイト終わりに厚焼き玉子を大量に持って帰れるのが良かったかな。
しかし、この時にこういった単純作業なバイト向いていないので二度とやるまいと誓った(結局単純作業のバイトはまたやるんだけど)。

コンビニ(3年半)

厚焼き玉子も終わり、大学一年生からひとり暮らしを始めた。
小遣い稼ぎに家の近くでバイトを探し、これまでの経験から、正直楽なバイトを探そうと考えた所コンビニでバイトを募集していた。
オーナーとその奥さんがとても良い人で、結果的に卒業までいることになる。
今までのバイトと比べると格段に楽で、バイトの先輩も良い人ばかり、廃棄ももらえるという最高の環境だった。
時給は650円と激安にもほどがあるんだけど、まぁそれでも良い経験になった(最終的には730円だったような)。

レンタルビデオ屋(半年)

コンビニバイトは楽しかったが、少々安かったし、余裕が出てきたので大学二年生の時にレンタルビデオ屋でバイトを始めた。
VHS全盛期、店舗で10万本のレンタル(AVが3万本)、毎週新作が出て、本屋も併設、24時間営業の超大型店舗だった。
時給も900円と、コンビニバイトの深夜と同じで高かった分、めっちゃくちゃ厳しかった。
マネージャーが鬼みたいな人で、声を出さないとチクリと小言を言われる。

あと、店舗がでかいのでヤクザものも多く、よくヤクザも来ていた。
一回だけ身長2メートルくらいあるヤクザに、質問されてよく聞こえなかったので聞き返したら、くっそ怒鳴られた挙げ句、色々すったもんだの末に副店長が店の裏に連れて行かれて警察沙汰になったのは中々印象深い思い出(副店長すみませんでした)。
バイクを買うために始めたバイトだが、週6バイトで疲れ果て、半年でやめた。

車の部品をまとめる?(日雇い)

とある自動車工場で、手のひらサイズの車の部品を10個くらいにひたすらまとめるというバイト。
年配の方が多く、歯抜けのじーちゃんとかがいて面白かった。
ただ、単純作業で辛かった記憶。

ドラッグストア?とかのシャンプーの台紙?作り(日雇い)

シャンプーとかコンディショナーの下に型紙で作られたピンクの台紙を、ひたすら決められたとおりに折って作るバイト。
折り紙みたいだったけど、これも単純作業で辛かった記憶しかない。

カップ麺のプラスチック加工工場(日雇い)

カップ麺のカップの部分が超巨大なプラのロールからくり抜かれ、型どられたものを決められた数だけダンボールに詰めるというバイト。
深夜だし、一人だし、単純作業で辛かった。
また、巨大なプラのロールから型取りの機械がよくエラーで止まってて、中断してる時が一番暇だった。

家庭教師(半年)

これもレンタルビデオ店と同時期に始めたバイト。
時給1500円で2時間という破格のバイトだったのだが、やっぱり疲れ果てて、途中でやめてしまった。

大手配送業者のセンターで仕分け(日雇い)

真冬の夜中で半屋外のセンターで、ひたすら仕分けを行う日雇いをやっていた。
面白かったのが、ここでコンビニに配送する前のジャンプとかの仕分けもやっていた。

雑誌の集荷センター(日雇い)

上述の配送業者とは別に、雑誌とかは大手の配送業者の下請け?のような業者が雑誌だけをひたすら市内に配送していたのだけど、大学の友人から誘われてこの仕分けを担当した。
偶然にもこの雑誌だけの配送センターからの雑誌を自分のコンビニ分の仕分けをしたりして、雑誌の塊が2つの配送業者を経て、自分がバイトしているコンビニに来ていることを知って、バイト終わりに自分で仕分けした雑誌の束が自分がバイトしているコンビニに来ているのをわざわざ確認したりした。世の中よく出来ている&狭いなと思った。

病院の深夜受付バイト(2年?)

大学で初めての友達からの紹介。
基本欠員がいない割得バイト。日給6500円で、夕方18時から翌朝8時まで受付を行う。
時給に換算すると600円未満になってしまうのだが、まず殆ど受付に来ないし、夕飯、朝飯が出るという代物。
私は調子に乗って学園祭とかライブ前にはギターを持っていて、受付で練習していた(ひどい)。
殆ど人も来ないし、21時になったら鍵をしめて、ボイラーを切ればあとは宿直室にある布団で仮眠して良かった。

当直の先生にはウン万円札が入った封筒を渡すのも仕事の一つだった。
夕飯で同席した若い当直の先生と話、夜勤バイトで稼いでいるというのを聞いた(その日は誰も急患は来なかったので割はかなり良い)。

7日間のうち、3つくらいの部活で担当していて、内一日が私の担当だった。
しかし、途中、一つの部活が事務長の信頼を失ってすべての枠がなくなり、私に白羽の矢がたったので軽音楽部から2人紹介して3日分の枠を得たのだった。

その8年後、軽音楽部のOB会があり現役の幹事長も参加していたので他愛もない話をしていたら、なんと病院バイトをやっていて、しかも今はほぼ軽音が枠を持っているとのこと笑
私がその流れを作ったんだよと押し付けがましいことを言って盛り上がった。

ピザの配達&チラシのポスティング(半年)

バイクが好きだったのと時給が良かった(900円)ので、某大手ピザ屋の配達バイトをはじめた。
この時3年生の終わりで、私は文系で教職を取っていなかったのと、単位をほぼ取り終えていて残りゼミだけという状態だったのでコンビニ、病院に加えて始めた。

大学が群馬県高崎市で、ダルマで有名な少林山までもが配達区域だった。
遠ければ最大40分くらいはかかるような場所まで配達していた。
当時はスマホもなく、お店のすぐ横に4メーターくらいの巨大な地図があり、それで道順を覚えて配達するというなんともアナログな手法で配達していた。
やらかした思い出として、無料のコーラを忘れたことが何度かある。
一回は取りに返って店長に怒られたのだが、バイト仲間に、自腹を切って自販機で購入したものを渡し、その後で渡さなかったお店のコーラを貰えば良いと教えてもらった。
あと、水商売系のお店に行く時に限って、道に迷って、ヤクザみたいなおっさんにめちゃくちゃ怒鳴られたけど、隣にいたホステスのお姉ちゃんに助けてもらったのは感動した。

こちらも就活が忙しくなり、半年でやめた。


こっから先は、就職後、転職が決まってその間にしたバイトをいくつか。

某大手引越し業者(日雇い)

転職が決まり、次の転職先までの間暇だったのでバイトをすることにした。
朝に集まり、ラジオ体操をして、一日2件、ないしは3件対応をした。
全然準備していない3階建ての古い家から、近くのマンションまでの2件と1件を担当したけど、とにかくしんどい。
慣れない作業で腕はパンパンになって疲れたが、新しい転職先が決まっていたんでそれを糧に頑張った記憶。
時給は1000円くらいだったかな?

ちなみに今の家は偶然にもその業者に頼んだのだった(心の中で同じ服来てたなぁ〜と思い出してた)。

インターネット販売(日雇い)

よくある家電量販店で店頭でインターネットを売る人。
プロバイダーでサポートをやっていたので比較的楽だった割に時給は1500円くらいだったような。
これも転職先が決まった合間にやっていたのでやる気がなく、一応インセンティブがあったけど500円だったのでやる気も見いだせず、パソコン購入に困っていた人とずっと話をして時間を潰していた。

自販機補充(日雇い)

いわゆる自販機補充のドライバー補助ってやつ。
初めての日は勝手がわからず、ただ隣に座っては、ひたすら忙しそうに動き回る担当者を横目に携帯をいじってた記憶。
何度か乗っていたら、その内、自販機補充までさせられるようになった。
効率よく補充しないと、全然時間が足りないので、猫の手も借りたいというのが本音だと思う。
どの担当者も朝早くて夜は遅い、無愛想だけど、転職先が決まっていてその合間である話をしたら、皆転職に興味津津という感じだった。
お昼も満足に取れないようなほど皆忙しいようだった。

時給は1000円くらいだったかな?

FOREVEER21の倉庫ピッキングバイト

ネットショップで注文された商品をひたすら一つにまとめてカゴに入れる作業。
埋立地の広大な倉庫の一つに、たくさんの商品が並べられていて、とにかく足で稼ぐというやつ。
アパレルだけあって、バイトは女性が多く、みな倉庫バイトとは思えないくらい垢抜けた格好だった印象。

このバイトで行ったあそこの倉庫(場所は覚えてない)でのピッキングもなくなると思うと感慨深い。
この時は転職活動中だったような。
時系列でいうと、自販機補充の前くらいにやっているんだけど、最初に書いた記事を見かけたので最後に書いた。


書き出してみると日雇いが多く、それなりの数のバイトをやってきたかなと思う。
数をこなしたかったわけではなく、単純に日雇いがやりやすかったから結果的に数が増えたかなという印象。
この瞬間に今の仕事に繋がることはそうそう無いけれど、世の中を知るという意味では大変良い経験にはなったと思う。